AIが描く手塚治虫先生の新作ということで話題になった作品『ぱいどん』。
雑誌掲載時は読んでいなかったが、やはり内容が気になっていたのでコミックスを購入したのだ。
『ぱいどん AIで挑む手塚治虫の世界』
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2020年、現代に手塚治虫先生が生きていたとするならば、一体どんな漫画を描いているんだろうか?
それは想像しただけで、ドキドキワクワクすることである。
膨大な手塚治虫先生の作品をAIに学習させて生み出された
『ぱいどん』を誕生させるための開発秘話も本書には記されているが、とりあえず僕は作品『ぱいどん』の感想を述べていく。
作画に関しては、かなり人的作業が入っているのだが、「はっ」とさせられ手塚治虫先生が本当に描いたのではないか?と思わされるカットが幾つかあった。
しかし物語は前編後編で分けた短編漫画なので、細かな描写を省いた大雑把な物語であることは否めない。
2030年を描いた未来、主人公である記憶喪失の「ぱいどん」は、あまりにも謎が多い。
今回の物語を『ぱいどん』第一話として、その後に「ぱいどん」の謎が徐々に解明されていくのならば良く出来た第一話であるが、短編漫画として完結するのならば不親切な作品ではある。
もしも「同じテーマで手塚治虫先生が描いていたら、もっと緻密な物語になっていた」であろうというのが正直なところ。手塚治虫先生の作品は、もっと深く人間を描いている。
まだまだAIでは手塚治虫先生の作品を描くことは出来ない。
AIが手塚治虫先生の新作を描くというプロジェクトは興味深くて面白いが、手塚治虫先生自身による作品の方が圧倒的に面白いのである。
『ぱいどん』では大雑把な物語の流れがあるだけで、細かな人物描写や深みはない。短編漫画であるから仕方のないことかもしれないが、手塚治虫先生の『ブラックジャック』等では一話一話完結ものでありながら、作品の重みと深みは凄い。
『ぱいどん』に登場するキャラクター達は、かなり表面的な人物像で、内面をえぐるような手塚治虫先生の作品に見られる心理描写が欠けているのだ。だから少し物足りない。
AIは無駄を省いた合理的なモノなのだろうか。人間の心理描写までは汲み取らない。ただ合理的に物語を進行させる。しかしながら、無駄と思われる人間の心理こそが、物語を面白くさせて深みをもたらせてくれるのだ。
東京から大阪までの移動をAIに任せれば、無駄を省いて合理的に「新幹線」や「飛行機」を選択して黙って目的地まで案内するだろう。でも人間というのは時々寄り道したり、意図していなかった場所で途中下車したり、駅弁にビールを買って車窓から景色を眺めていたり、道中で出逢った人と会話を楽しんだりするものである。
その無駄かもしれないものが人間にとって味わい深い一日や人生を過ごすことになるように、一篇の物語にとっても、それは無駄ではなくて必要なことなのである。
コミックスの巻末に『サスピション-ハエたたき』という手塚治虫先生の短編が掲載されているが、やはり読み応えがあった。
こちらもかなり大雑把な物語ではあるが、主人公の男の心理描写がしっかりと表現されている。それはコマ割りであったり、文字数であったり、汗や、妄想、ぐるぐる回る男の姿が、ほんの数ページで読者に押し迫ってくるのだ。
『ぱいどん』は良く出来た作品ではあるが、「これはスゲー!参りました!」という手塚治虫先生のレベルにはまだまだ到達していない。
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