イチファンとして、
芸能人やアーティストの逮捕、引退、死去は、本当に心苦しいものである。
俳優の新井浩文の逮捕は、僕にとってショックな出来事であった。
被害者の方がいる事なので、身勝手に擁護する事も復帰を望む事もないが、僕にとっては新井浩文は、日本の俳優の中で5本の指に入る好きな存在であった。
彼が出演している全ての作品を観ているわけでもなく、動向を追いかけているわけでもないが、映画において彼の演技の達者ぶりや彼ならではの存在感は大きいものであった。
新井浩文を最初に観た時の印象は、あまり良いものではなく「何なの?この人?」であった。しかし出演作が多い分、彼を目撃する機会が多かった。
新井浩文が出演している作品で、僕がすこぶる好きなのは『百円の恋』で、そのクズ男っぷりがたまらない。
『百円の恋』 監督:武正晴 主演:安藤サクラ, 新井浩文, 稲川実代子 Amazonで探す Amazon Prime Videoで観る |
そして『犬猿』、こちらもクズ男っぷりが最低であり最高である。
『犬猿』 監督:吉田恵輔 出演:窪田正孝, 新井浩文, 江上敬子(ニッチェ) |
新井浩文はクズ男を演じさせれば、その一級品のクズっぷりに、観ている者を虜にする魅力がある。
新井浩文は日本の貴重な俳優であると、すごく好きな存在であった。だからこそ今回の逮捕については、かなりショックであった。
芸能人が不祥事を起こした時に、公開前の映画等の作品がお蔵入りになる。
公開前の作品のお蔵入りは、製作関係者にとって本当にどギツイものだ。
芸能人は「自分」だけではなく、その作品を取り巻く多くの関係者および、ファンの方々の事を意識して、くだらない犯罪に手を染めてはならない。それは芸能人としてだけではなく、社会人として、いや人間として当たり前のモラルである。その出演者の素行がどうであれ確かに「作品には罪はない」と、僕も思う。
しかし被害者の方の心中を察する事と、被害者の方の心のケアを一番に優先する事が大事なので、作品関係者は公開についての配慮を考えるべきなのは当たり前の事だ。
だからこそ断腸の想いでお蔵入りを選ばざるを得ない。
自分一人の身勝手な行動が多くの方々を傷つけて、迷惑をかけてしまう事である認識をもっともっと持たなければいけない。それはどんな職業でも同じ事ではあるが。
突出した才能や魅力は一般常識では計り知れないものではあるが、「性犯罪」ほど間抜けで被害者の方を傷つけてしまうものはない。
ビートたけしさんも過去には、「フライデー襲撃事件」があった。その時代だからこそ復帰出来たという風潮もあるが、たけしさんは「引退」も「逮捕」も全ての覚悟を決めていたのだと思う。もちろん暴力では何も解決せず、その行動は正しいものではない。
コカインをパンツの中に忍ばせて逮捕された勝新太郎さんの件もあったし、その後の芸能界への復帰の定義は正直よくわからない。
時代や世間の風潮、法律による罪の償い、被害者の方の配慮や大人の事情等、批判もあれど、どこかのタイミングで協力者やファンの方々の声のおかげで、「もう一度チャンスを」と復帰出来るケースもある。
僕が高校二年生の頃に長渕剛が大麻所持で逮捕された。この時は「唯一信じていた大人に裏切られた」という絶望感でいっぱいであった。僕は大人を極端に嫌い、学校の教師や世の中の大人が大嫌いな時期であった。そんな僕を勇気づけてくれたのは長渕剛の歌であった。ファンクラブも退会して、しばらくは長渕剛の歌を聴く事もなかった。
昨今、芸能人の引退も相次いでいる。一流の人だからこその、自分なりの美学がその「引退」に込められた想いがあるのだろう。個人的には、その気持ちがすごくわかる。
きっと多くの自問自答をする人で、「こうと決めたら動かずを得ない」という性分なのだと思う。
そこには自分の美学があるのだから、他者が色々と口を挟んだところで本人の決意は変わらないのだ。
引退といえば僕が好きなのは島田紳助さん。紳助さんの著書はほとんど持っているし、現在でも紳助さんのトークを繰り返し聴いている。芸能界に復帰をして欲しいとは思わないが、年に一冊ぐらいは本を出版して欲しいなぁと思っている。
紳助さんのトークは神がかりだが、言葉を商売にするプロであるからこそ、本というメディアにおいてもすごく心を打つ内容なのである。
『いつも風を感じて』 島田 紳助(著) |
小学生の時、藤子不二雄先生の『まんが道』を読んで、その影響で手塚治虫先生に没入していた頃に手塚治虫先生の訃報を新聞で知って、大きなショックを受けた。あの時が尊敬する心の師が亡くなったという初体験だったのかもしれない。
好きな人が亡くなるというのは、目を背けたくなるほどにショックなもので、主に関西地方で大人気であった、やしきたかじんさんの訃報を知った時は、本当に目を背けてしまった。たかじんさんが好きであるがゆえに、たかじんさんの訃報を信じたくなくて、ニュース番組や記事等を見ないように全てシャットアウトした。だから今でもたかじんさんの死去については、自分の中であまり信じられずフワフワしている。
最近では俳優の大杉連さん、樹木希林さんが亡くなった事は、どうしても信じたくない事でニュース記事をシャットアウトしている。
歌手の尾崎豊さんや、俳優の松田優作さんに至っては、生前ではなくて没後からファンになったので、ショックを受けた気持ちはないが、当時のファンの人達は発狂レベルであっただろう。
芸能人やアーティストの逮捕や引退、死去は、多くのファンにとってショックを受けさせるものだ。
僕はイチファンであるからこそ、その気持ちがよくわかる。
自分の心の支え、自分の人生の生きがいになっていたものを失ってしまうほどのダメージがあるのだ。
芸能人やアーティストも一人の人間、人生において失敗も大きな過ちもあるだろう。多くの人たちに迷惑をかけて、傷つけてしまう事もある。
彼らの生み出す作品が超絶に最高であったとしても、人間としては誰しもが不完全なのだから。
「罪を憎んで人を憎まず」という言葉があるが、僕は「罪を憎んで作品を憎まず」と、やはりそう考えてしまうのだ。
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