三重野慶さんの写実作品を収めた画集を購入した。
『三重野慶画集 言葉にする前のそのまま』
三重野慶 (著) |
初めて三重野慶さんの作品を目の当たりにした人は、それが手描きによる油絵だということを認識しないであろう。
絵であると表記がなされている上で目を疑いながら「これは絵なのか・・・」と確かめるが、半信半疑な気持ちは拭いきれない。
その絵が画家である三重野慶さんが描いた絵だと理解した時には、既に三重野慶さんの作品の虜になっているのだ。
髪の毛の一本一本ならまだしも、産毛に至るまで緻密に繊細に描写されている。
皮膚の角質やほくろ、唇にまつ毛、光の粒子や「触れられるかのような確かな存在」がそこにあり、透明感に包まれた被写体が静かに呼吸をしている。
写真のようだと言うには容易く、言葉では言い表し難いが、それはまるで、写実の向こう側だ。
現実をありのままに描くリアリズムを追求した先に到達した写実の向こう側。
写真を超えた、画家によって描かれた究極。
人工的にライティングされた被写体を描くのではなく、自然に射し込んだ不自然ではない光、そして陰。
季節、気温、湿度、時間、そこに流れる一瞬の空気が、今まさにそこにある現実。
指に残った引っ掻き傷、瞳に反射して映りこんだ三重野さん自身、衣類のしわと髪の毛がなびく風の向きと強さ、見れば見るほど細か過ぎる微細な描写の発見に驚かされる。
一筆一筆に魂が注ぎまれた作品に、美しく優しい命が宿る。
空想ではない現実を描いた写実は、リアルであればあるほどに何故か、その背景を空想させてくれるから不思議だ。
描かれていないはずの鳥の鳴き声が聴こえるかのように、雲の流れが見えるかのような、キャンバスを飛び越え視界を超えた空想が拡がっていく。
三重野慶さんの初画集である『言葉にする前のそのまま』では、三重野さんの作品はもちろんのこと、三重野さん自身による言葉、モデルとなった方の証言、そして映画監督の岩井俊二さんとの対談も綴られている。
また学生時代に描いた作品等も掲載されており、現在の三重野さんを形成するまでの貴重な軌跡を辿ることが出来る。
非常に見応えがあり、何度も何度もじっくりと作品を見つめたくなる価値ある一冊だ。
これから先、どんな作品を発表していくのか、どんな写実の世界を奏でてくれるのか、楽しみで仕方ない。
三重野慶さんの作品や活動を今後も注目して追っていきたい。
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