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『太宰治 生誕110年』特設展に行ってきたのだ。

梨県立文学館にて開館30周年記念特設展『太宰治 生誕110年ー作家をめぐる物語ー』を見に行ってきたのだ。

太宰治の書籍は『人間失格』を文庫本で持っているものの、未だ読んでいないし、正直に申し上げて、その他の作品も読んだ事はない。読んだ事はないが、人間・太宰治として、いささか気になる作家ではある。

そんなこんなで山梨の文学館で特設展がやっているという事で見に行ってきた。

太宰治と山梨

太宰治が山梨にゆかりのある作家である事も知らずにいた僕だが、「めちゃくちゃ山梨にゆかりのある人やん!」と、この特別展で認識したのであった。

太宰治が、現在僕が住んでいる山梨県の甲府に訪れたのは昭和13年9月。甲府に住む石原美知子さんと出逢い、昭和14年1月には東京都杉並の井伏鱒二宅で身内だけが集まった結婚式が行われた。

その後、太宰は新居を甲府市御崎町56番地に構えた。

山梨県の御坂峠での天下茶屋滞在の事を書いた「富嶽百景」や甲府を舞台にした「I can speak」「新樹の言葉」など作品を次々に発表。

甲府での生活は8月までと短期間だったが、夫人の実家があったので、その後も湯村温泉などを度々訪れている。

昭和20年4月から7月までは夫人の実家に疎開、7月の甲府空襲に遭い焼け出されている。この当時の事を作品「薄明」では詳しく書かれている。

感想

太宰治の直筆の手紙や原稿、当時発行された書物等が展示されており、ファンの人が見たら興奮するであろうものが多々あった。

太宰治は芥川龍之介を崇拝していて、若かりしき頃の太宰治は、写真撮影の時に芥川龍之介の写真のポーズを真似ていたりして、「お茶目な人だなぁ」と思った。

天才的な作家やアーティストは、逸脱した狂気と、何とも可愛らしいお茶目さがある。そこがまた魅力的である。

僕が面白いなぁと思った太宰治のエピソードに、第一回芥川賞に落選した太宰治が川端康成に激怒したという話だ。選考委員だった川端康成は、「才能はあるが、私生活がだらしない」という理由で太宰治を落選にしたという。

太宰治が川端康成を批判した文章が下記のものである。
私は憤怒に燃えた。幾夜も寝苦しい思ひをした。小鳥を飼ひ、舞踏を見るのがそんなに立派な生活なのか。刺す。さうも思つた。大悪党だと思つた。そのうちに、ふとあなたの私に対するネルリのやうな、ひねこびた熱い強烈な愛情をずつと奥底に感じた。ちがふ。ちがふと首をふつたが、その、冷く装うてはゐるが、ドストエフスキイふうのはげしく錯乱したあなたの愛情が私のからだをかつかつとほてらせた。さうして、それはあなたにはなんにも気づかぬことだ。ただ私は残念なのだ。川端康成のさりげなささうに装つて、装ひ切れなかつた嘘が、残念でならないのだ。— 太宰治「川端康成へ」

「刺す」とか言っちゃているからね。なかなか「大悪党」なんて言わないからね。それ程、太宰治が芥川賞に執着した想いが強かったんでしょうね。

太宰治が長さ4メートルにもおよぶ「私を見殺しにしないで!」「芥川賞を受賞させて下さい!」という内容の手紙を、選考委員の佐藤春夫氏に送ったのだから正気の沙汰ではない。


とにかく刺さなくて良かった。4メートルの手紙で済んで良かった。

それにしても川端康成の選考理由は、僕も納得が出来ない。作品と私生活を混同されて、清く正しく生きてなきゃ受賞出来ないなんて脳天に血がのぼって当然でしょう。犯罪者じゃないんだから。

話は変わりますが、今年の9月には、蜷川実花監督で『人間失格 太宰治と3人の女たち』という映画が公開されますね。

これも気になる作品です。

文豪の作品も面白いですが、その人生もまた味わい深いものだと、今回の特別展を見て思った次第であります。

人間失格 (角川文庫)

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