ネットニュース等で否が応でも飛び込んでくるのは、芸能人の不祥事や謝罪、復帰等に関する記事ではないだろうか。
テレビでのワイドショーや週刊誌を見なくても、スマホを持っている以上、誰しもがその情報を目にする。
芸能人の不倫なんて「興味がない」と思っていても、異常なまでの世間のバッシングや犯罪者を扱うような記事の書き方に、人間心理を揺さぶられてしまうのだ。
僕個人の想いを言うならば「窮屈な時代」だなぁと。他国のモラル事情は置いておいて、日本は住みやすい国ではあるが、モラルに関しては非常に窮屈で住みづらい。
持ち上げる時は過剰なまでに持ち上げて、叩きつぶす時は過剰なまでに叩きつぶす。そんな世間様がモラルを盾に、人の一生を台無しにしてしまうほど叩くのだから怖いものだ。
元はと言えば不祥事を起こした芸能人側に非がある問題なので、特別に擁護することはしないにしても、やはり過剰なまでの毎日の叩きっぷりに、「この国、大丈夫か」と思わざるを得ない。「テレビに出る人は世間の見本でなければいけない」、「影響力のある人は清く正しく生きなければいけない」、そんな風潮の中で僕は違和感しかない。
僕にとって芸能人は「世間の見本なんかになって欲しくない」、「清く正しくなくていい。破天荒で粋な存在であって欲しい」、そう願うのだ。
スターという存在は憧れである。その生活、生き様までもが、浮世離れしていて欲しいのだ。
確かに法を犯した上に被害者が出てしまった場合の不祥事については、寛容であってはならない。
寛容であってはならないが、謹慎をして罪を償って反省をしたのならば、それで何の問題があるというのか。
法律で裁かれる以上の、その人の一生を叩きつぶすほどの世間のモラルや正義の方が、僕は恐ろしい。
世間様はそんなに清く正しい存在なのか。間違いや失敗を起こさないのか。
「謝れ、謝れ」とバッシングして、その人を追い込み、取り囲み、謝罪を要求する。
謝ることが必要な場合もあるし、必ずしも謝らなければいけないなんてこともないだろう。
うるさいマスコミや世間に対して沈静化するために謝罪をせざるを得ない場合もあるが、こっちとしては「謝られても・・・」と、どーでもいい気持ちである。
不倫した芸能人が「申し訳ございません」と謝罪したところで、僕自身の人生に何ら関係ないことなのである。
むしろ芸能人なんてモテて当たり前。異性関係において、多くの誘惑があり、多くの交遊をしているであろうと思っているので、「あんたが不倫しているなんて、そりゃそうだろう」とさえ思っているし、「そんだけモテる立場で全然遊んでないの!?ウソでしょ?」と疑っている。
ひと昔前は、女遊びも「芸の肥やし」と言われたものだ。それについては「芸の肥やし」だとは全然思わない。「芸の肥やし」という都合のいい言葉を使った言い訳だと思う。
要は「芸の肥やし」だか何だか知らないが、女遊びしようが何しようが、僕はその人の「素晴らしい芸」を見たいのだ。素晴らしい芸が見れれば、極論プライベートで芸能人が何をしていようが知ったこっちゃないのである。
もし叩くのであれば、芸を磨くこともせずに「ただの上っ面だけの人気」にかまけて、好き放題遊んでいる芸能人であるのかもしれない。
圧倒的な芸を見せてくれた勝新太郎等のスターは、プライベートでの豪快さや遊びまでもが伝説となり、「清く正しく」なんて求めていないのだ。
もし謝罪するのであれば被害者の方はもちろんのこと、仕事に支障をきたした関係者、自分を応援してくれていたファンに対してである。世間に対してなんて、謝罪されたところでこっちも「知らんがな」なのである。
罪を償い謹慎して反省をして社会的制裁も受けた。
それでも現代社会においては、芸能人の復帰に関して厳しい目がある。
社会復帰出来ない世の中って一体どうなんだろうか?一発アウトで人生を終了させられる世の中は怖い。仕事の関係者は復帰させてあげたくても、スポンサーや世間の目などの状況から安易に復帰させてあげられない気持ちもわかるが、「八方塞がり」の状態までに追い込み、救いの手を差し伸べてあげられない状況ってのは、やはり怖い。
よく言われることだが、アメリカではセカンドチャンスというものに寛大だ。例え一度過ちを起こしても、もう一度チャンスを与えてあげるのだ。
ひとつの過ちの後に人間は大きく成長していくのだと信じている。
失敗が許されないのならば、誰も挑戦者になることが出来ない。人の失敗を揶揄して、自分は何の挑戦もせずに日々の暮らしに愚痴をこぼしている、どうしようもない人が増えていくだけだ。
後は芸能人側も、今の時代にテレビへの復帰にしがみつくことはない。
誰しもが自分のメディアを持てる時代だ。
ネットを使うのもいいし、舞台の上に立つのもイイ、自分から発信することが出来る。テレビに対しての魅力や旨味は、もうほとんどない。
YouTube等で自分が発信できるメディアを持てばいいのだ。
それでもきっと多くの人たちに叩かれるが、自分を応援してくれる人たちも現れる。今度はその人たちを裏切らないように、活動を続けていくことに精進すればいいと、僕は思う。
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